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新聞の窮状はネットやITでは救われない

5月16日付の日本経済新聞朝刊に「米新聞、ITに活路探る」という記事があった。発行部数が低迷する米国の新聞が、インターネットや電子書籍端末などITの積極的な活用に活路を見出そうとする動きを報じているのだが、大事な事実が記されていない。ネットや電子書籍端末では、新聞の窮状を救うことはできないのである。
■ネットの収入は紙の10分の1
 記事は米国で新聞の発行部数が低落の一途を辿る一方で、新聞社のウェブサイトの閲覧者数は大幅に増加し、紙の新聞発行を止めてネット版に完全移行する動きもあると報じている。これは確かに事実であるが、重要なポイントが抜けている。ネットから得られる広告収入は非常に少なく、紙の広告収入の減少分はとても補えないのである。

ニューヨーク・タイムズのウェブサイト
 一例を挙げよう。米メディアの報道などによると、ニューヨーク・タイムズの定期購読者数は約110万人で、紙で得る広告収入は年20億ドル弱と言われている。これに対し、ウェブサイトは月4000万のユニークユーザー数を誇るのに、得られる広告収入は約2億5000万ドルしかないという。ウェブサイトからの広告収入は、紙の広告収入の10分の1程度なのである。
 一方でニューヨーク・タイムズの取材・制作費は約3億ドルとも言われている。ネットの収入ではそれすら賄えない。ネットの収入だけでは今の社員(管理部門も含む)の20%しか養えないとの試算もある。
 次に、日経の記事でも言及されていた、紙を止めてネット版に完全移行したシアトル・ポスト・インテリジェンサーを見てみよう。米メディアの報道によると、ネット版に完全移行したことで同紙の収入は、紙から得られていた収入(広告収入と購読料)の10%以下になったという。その結果、145人いた記者が20人に大幅削減された。そのほかに、広告販売や管理部門に約20人がいるようである。
 これらの例から言えるのは、ネットの広告収入は紙の10分の1にしかならず、紙の時代の社員数を維持することは不可能ということである。ウォールストリート・ジャーナルを除く大半の新聞はネット上で広告モデル(ユーザーは無料で閲覧でき、新聞社は広告収入で対価を回収する)を採用しているが、ネット上の広告単価は紙に比べて著しく低い(シアトル・ポスト・インテリジェンサーの場合、ネット広告の単価はディスカウントされた紙の広告単価の20分の1以下らしい)ことに加え、毎年下落しているのだからやむを得ない。

 だからこそ、米国のマスメディア関係者の間では今、いかにネット上でユーザーからお金を取るか(定期購読、マイクロペイメントなどの導入)、グーグルなどのアグリゲーターに新聞記事を無料で使わせていいのか、といった問題が真剣に議論されているのである。

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アマゾンの電子書籍端末「キンドルDX」〔共同〕
■アマゾンは救世主になり得ない
 日経の記事では、米国の新聞がアマゾン・ドット・コムの新たな電子書籍端末「キンドルDX」と提携する動きも報じている。この端末は新聞や雑誌の購読用に開発されたもので、すでにいくつかの新聞社が提携している。しかし、ネットと同様にこの端末でも新聞は救われない。
 その最大の理由は、ビジネスモデルである。キンドルDXで新聞を読む場合、ユーザーは毎月購読料を払うのだが、米メディアなどによると、アマゾンが新聞社に提示している契約は7対3のレベニューシェアとなっているという。つまり、新聞社は購読料の30%しか収入にならないのである。これでは新聞社の経営にとって魅力的か疑わしい。
 アマゾンにしても戦略を間違えているように思える。目先の収入を増やすより、レベニューシェアの割合を逆にしてキンドルDXで読める新聞や雑誌の数を増やすという選択がある。ネット上での紙メディアのプラットフォームとなり、アップルの「iPod」のようにユーザーが毎日使うツールの地位を獲得した方が、長期的には利益を最大化できるのではないだろうか。
 そもそも購読料が安過ぎる。例えば今、キンドルDXでニューヨーク・タイムズを定期購読しようと思ったら、月13.99ドルで済む。紙で購読する場合は、地域によって価格が違うが平均して月50ドル程度である。

 もちろん、電子版なら紙の印刷・配送コストがかからないなどのメリットもある。しかし、キンドルDXでニューヨーク・タイムズを定期購読する人の数がすぐに激増するとは思えない。となると、紙の購読者数の低下に伴う収入減を補うには至らない。
 ついでに言えば、キンドルDX内で広告を出す場合も、すでに十分に低くなっているネット広告の単価が準用されるだろうから、これも紙の広告収入の低下を救う手段にはなり得ない。
■新聞社は“第3の道”を探すべき
 私は新聞社がネットや電子書籍端末を活用すべきでないと言っているのではない。活用方法さえ間違えなければ有効なツールであり、その積極的活用は必須である。
 しかし、ネットやITは新聞社の収益改善に少ししか貢献しないのである。その理由は、過去10年のネット普及の過程で、コンテンツを適正な対価で取引する仕組みが確立されなかったことに尽きる。
 その結果、ユーザーにとってコンテンツは無料が当たり前となり、ネット上の広告単価も下落を続けているのである。ネット上では、今後もより革新的で便利なコンテンツの流通方法が生み出されるだろうが、コンテンツを提供する側の収益につなげる方法も同じペースで出現するとは考えにくい。
 したがって新聞社は正しい戦略を考えなくてはならない。ネットを積極的に活用することに活路を見出すのも1つの手段だが、その場合は大規模なリストラが必要となり、取材力という新聞のコアコンピタンスの衰退につながることに留意しなくてはならない。
 それよりも新聞のコアコンピタンスであるジャーナリズムの強化を優先するとともに、それを活用した新たな収益機会をネット以外も含めて追求するのが本筋ではないだろうか。
 新聞社の経営陣は、社会にとっては新聞社が救われなくてもニュース(=ジャーナリズム)が救われればよい、ということを忘れてはならない。私はネットの情報がゴミの山である日本においては、新聞社なくしてジャーナリズムが維持されるとは思わないが、それでも油断してはならない。
[2009年5月25日]

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