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ソフトバンク再起動「これがラストチャンス」

2016/8/30 8:02日本経済新聞 電子版

 その時、ソフトバンクグループ社長の孫正義(59)は思わず口に含んだワインをごくりと飲み込み、内心でつぶやいた。「これは行けるぞ」

アームは10年来の「片思い」の相手だった(7月、決算説明をするソフトバンクグループの孫社長)
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アームは10年来の「片思い」の相手だった(7月、決算説明をするソフトバンクグループの孫社長)
 「利益率が少しでも下がると株価が下がる。なかなか理解してもらえないものだな」

 そう嘆いたのはテーブルを挟んで座るサイモン・シガース(48)。英半導体設計アーム・ホールディングスの最高経営責任者(CEO)だ。英国人だが、米シリコンバレーに自宅を持つ。車で数分の距離に別邸を構える孫が、6月末に夕食に招いていた。

 「アームは今こそ攻める時だ」。3時間ほど経営哲学を語り合い、孫がけしかけるとシガースが思わぬ弱音を漏らした。あらゆるモノがネットにつながるIoT時代に備え、開発投資を増やすべきだと思うが、投資家の理解が得られないと言うのだ。その表情を見た孫は決意を固めた。

 孫にはこの会食に秘めた狙いがあった。アームを買収できないか。シガースの言葉から可能性を探っていた。潤沢な開発資金を提供して上場を廃止すれば悩みは解消できる。「これがラストチャンスだ」

□   □

 孫にとってアームは10年来の「片思い」の相手だった。2006年に英ボーダフォンから1兆7500億円で日本法人を買収して携帯電話に参入。誰もがネットに身近に触れる「モバイルインターネットの時代が来る」と読んだからだ。その直前、孫はある男を訪ねシリコンバレーに飛んでいた。米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ(故人)だ。

 「マサ、そんな醜いスケッチを俺に見せるなよ」。ジョブズは孫が描いた「未来の携帯」の絵を酷評したが、こう付け加えた。「でも君の考えは正しい」。モバイルインターネットを実現する端末を開発中だったのだ。翌年、ジョブズはiPhoneを手に宣言した。「電話を再発明する」

 孫の予感は当たり携帯はソフトバンクの屋台骨となる。同時に孫の胸中で存在感が膨らんでいったのがアームだ。独自の省電力技術の実力は小さな端末で大量のデータを扱うスマホでこそ発揮されると見たからだ。

 それから10年。時代はスマホからIoTに移り始めた。ネットにつながるモノの頭脳にあたる半導体の需要は爆発的に増える。アームを手に入れるなら今しかない。

 「私は反対です」。常務執行役員で金庫番の後藤芳光(53)は今から1年ほど前、孫に直言した。ロンドンで初めてシガースと会った孫が帰国後に買収を検討するよう側近に命じたが、後藤は首を縦に振らなかった。13年に買収した米携帯大手スプリントが赤字を垂れ流していたからだ。

 しかし孫が陣頭指揮を取り再建の道筋が見えると再び買収への執念が燃え始めた。ただ孫には宿題があった。後継者と見込み米グーグルからスカウトしたニケシュ・アローラ(48)の処遇だ。

 6月半ば、孫はアローラに告げた。「俺はあと10年は船長として走り続けたい」。アローラは「そんなには待てない」と正直に返した。「悪いがそれなら君は自分の船を見つけてくれ」と孫。10年来の片思いに決着をつける時が来た。

□   □

 7月4日、トルコ南部のマルマリス。港を見下ろすレストランの2階を借り切った孫の前にシガースが現れた。隣には会長のスチュアート・チェンバース(60)。地中海を家族とヨットで航海中、孫から「すぐに会いたい」と電話を受け急行したため半ズボン姿だ。

 「アームを買収したい」。名物のイカ料理もほどほどに孫が切り出すと、2人は大口を開けて驚いた。従業員は倍増させブランドや経営陣はそのまま。孫に言わせれば「断れない提案」。その後、買収額もつり上げ3兆3000億円超に。交渉は2週間で終わった。

 7月18日に買収を発表。日本企業で最大の買収劇だが、孫はゴルフなら「ピッチングウエッジで刻んだようなものかな」と余裕をみせる。周到な短期決戦は過去の大型買収と比べ資金集めが首尾良く進んだからだ。買収に反対だった後藤が水面下で動いていた。

 8月3日、孫は久々にゴルフ場に出た。スコアは自己最高の68。満足げな表情を浮かべたが、遠くの空では雷鳴が響いていた。これから始まる挑戦の厳しさを暗示しているように。



 業界秩序を破る反逆児を演じながら、近年は既得権益者的な振る舞いも目立ったソフトバンクが再起動した。巨額買収の舞台裏と勝算に迫る。(敬称略)
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