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大前研一の「産業突然死」時代の人生論 ネット広告と膨大な個人情報の危うい関係

2009年5月8日

 2000年を前後して起きたITバブルとその崩壊は、皆さんの記憶にも生々しく残っていることと思う。あの頃は若い企業家が株式上場によって一躍億万単位の資産を手にしたり、時代の寵児としてもてはやされたりしたことが珍しくなかった。一言でいえば「異常な時代」である。わたしは比較的冷ややかにITバブルを捉えていたが、果たしてあれから10年経過った現在、当時のプレイヤーの大部分は舞台から去り、IT業界は大きく再編された。

インターネットが放送を飲み込んでいく

 また放送と通信の融合などと安易にいっていた人たちは大いに反省すべきだ。本連載でも再三指摘してきたように、実態は通信が放送を飲み込むのである。楽天がTBS株を600億円近いロスを出しながらも手放すのも、タイムワーナーがAOLを切り離して売却準備にかかっているのも、同じ理由だ。楽天やAOLのようなポータルサイトはあらゆるコンテンツと等距離にあることが必要で、特定のコンテンツや放送局を傘下においてもメリットは少ない。最近のYouTube発の世界的なセンセーション(ポール・ポッツやスーザン・ボイルの登場など)を見ればインターネットが次第に放送を飲み込んでいく姿が透けて見える。

 日本では2011年に地デジに完全移行する、という計画になっているが、放送がデジタル化すれば、インターネットの犠牲になることは目に見えている。課金もできないだろうし、NHKも視聴料を取ることができなくなる可能性さえあるのだ。

 ITをイットと呼んでくれた首相がいたおかげで日本でも一気にIT化が進んだ。同時に携帯がパケット通信網を駆使してネット化し、いまではeコマース(電子商取引)の主流になる兆しも見えてきている。携帯サイトをいち早く押さえたグリーの収益や株価が日本最大のSNSであるmixi(ミクシィ)を抜いている。

 そんなことを思い出しつつ、今回は世界のIT産業の現状についてニュースを織り交ぜながら述べてみたい。今回の世界同時不況によって、また大きなIT業界再編の動きが見られ、それがなかなか興味深いからである。

 まずはインドの情勢だ。

インドで進むIT業界の再編、巨大企業の誕生で世界へ進出

 インドの大手企業といえば、自動車のタタ・モーターズやマヒンドラ&マヒンドラ、石油化学のリライアンス・インダストリーズなどが真っ先に挙げられる。いずれも財閥の旗艦企業として知られており、傘下には多種多様な企業がある。タタ財閥はタタ・コンサルタンシー・サービス(TCS)という従業員6万人規模の巨大なIT企業を抱えている。一方、意外というべきか、マヒンドラ財閥にはこれまで目ぼしいIT企業がなかった。

 ところが先ごろ、次のようなニュースが入ってきた。粉飾決算が発覚し、身売りによる存続を目指してきたインドのIT大手サティヤム・コンピュータ・サービスは4月15日、競争入札の結果、インドのテック・マヒンドラが自社株の引き受け先になったと発表した――。テック・マヒンドラは少なくとも289億ルピー(約582億円)を投じ、サティヤム株の51%以上を取得する。

 テック・マヒンドラは、マヒンドラ財閥とBT(ブリティッシュ・テレコム)との合弁会社で、インドでは第6位のIT企業である。これがサティヤムを収めるというのだ。となると、同社はインドのIT企業の中で俄然強くなるだろう。サティヤムは推定4万人もの雇用を誇っている大企業(粉飾決算をめぐるトラブルで減ったかもしれないが)であり、ERP(企業資源計画)パッケージにも強い。わたしもかつて合弁をやっていた相手なので、その辺の強さはよく知っている。

 この買収におけるサティヤム側のメリットは何か。ずばり、「企業の再評価」である。ちょっと背伸びをして粉飾決算し、サティヤム創業者のラマリンガ・ラジュ氏は追放されたわけだが、マヒンドラに買収されるのなら、これは非常にいい受け皿になるだろう。そして、サティヤムの株式の51%以上が少なくとも約582億円で売却されるということは、同社の時価総額が1200億円ぐらいの値をつけていたということになる。したがって、まだまだサティヤムの持つ価値が評価されているのだ。粉飾決算のトラブルを引きずって会社が崩壊し、数十億円で売却される、という最悪の事態にならなくてよかったと思う。ちなみにインドはサティヤムだけではなく数百社のIT企業がひしめいている。米カーネギーメロン大学が米国防総省の委託を受けて行っているシステム開発の能力評価で最高のレベル5を取得した企業は世界で69社しかないが、そのうちの46社(67%)が実にインド籍である。

 これでインドには、従業員4万~5万人以上の巨大なIT企業が複数並ぶことになる。ウィプロ、インフォシス、そしてサティヤムを買収したテック・マヒンドラ、さらにタタ・コンサルタンシー・サービス。こうした企業がIBMやアクセンチュアといった外国企業と次のレベルである10万人のシステムエンジニア一番乗りを巡って激しく張り合うことになるだろう。このレベルになるとアメリカの電話会社の仕事をまるまる受けるFM(施設管理・運営)を一手に引き受けることができるようになる。オバマ政権はこうした海外へのアウトソーシング(BPO)を極力減らそうとしているが、企業の経営者にとっては世界で最も優秀な人材を最も廉価に使うことしか頭にない。インドがそうした作業の受け皿になって久しいが、いまではコールセンター(CRM)やシステム受託開発の次のレベルである企業の業務を丸ごと請け負い、あるいは設計、開発など付加価値の高い分野に競争の分野が移ってきている。これもまたITサービスが国境を越えて最適地から提供される、という自然の流れの一環である。

イーベイが切り離したスカイプ、その事業価値はあるのか

 米国に目を転じよう。オークションサイトの最大手イーベイ(eBay)に関する二つのニュースを取り上げてみたい。

 イーベイはいまちょっと精彩を欠いているが、傘下にスカイプとペイパルを持っている。電子支払い決済サービスのペイパルは米国を中心に普及しており、オンライン決済の分野では非常に強いところだ。イーベイは2002年3月31日をもって日本から撤退したものの、2007年12月4日にはヤフーと提携して日本へ再進出を果たしている。インターネットのポータルサイトはなかなか国境を越えられない、という従来からの私の主張を絵に描いたような日本での惨憺たる結果であったが、日本のオークションのチャンピオンであるヤフーと提携して日米間の面白い商品をお互いに売り買いできるようにしようというものである。これまた定着には相当な時間がかかるものと思われる。

 そのイーベイが4月14日、ネット電話サービスであるスカイプの事業を本体から切り離し、2010年前半にIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)を行うと発表した。本業との相乗効果が薄いと判断したためである。

 ご存知のようにスカイプは、無料のインターネット電話である。音声通話だけでなくビデオ通話も可能であり、「インスタントメッセンジャー」の機能を持ち合わせている。これをどのようにビジネスに展開するかとなると、実はビジネスモデルがまだはっきりしていない。P2P(エットワーク上で対等な関係にある端末間でデータを送受信する)技術を利用し、パソコン同士をつないだVoIP方式の通話は無料だが、パソコンから固定電話や携帯電話への発信にはアクセスチャージを取っている。ここで接続先の電話会社に実際に支払う額との差がスカイプにとって唯一の収入源である。

 課金以外の収入では、広告も考えられる。だが、実際にスカイプを使ってみるとわかるが、通話中にポップアップがぽんと入ってくるわけでもない。あるいは、ただで電話させるので20秒間これを聞いてくれと音声が流れるわけでもない。つまり広告モデルも成り立っていないのが現状だ。これではスカイプの株はたいした価格にならないと見る人もいて、一面ではそれは妥当な見解といえる。

 ところが、その一方で「スカイプは世界中で最も使われているVoIP(インターネット電話)である」「だから将来いろいろな付加価値機能を追加して収益源とする可能性を持っている」と見ている人がいることもまた事実だ。そういうポジティブな捉え方をしている人たちは、スカイプは大型上場になる可能性があると信じているわけである。

 今回イーベイがスカイプ事業を分離したということは、スカイプの可能性を信じている人をねらった施策と見て取れる。現在、ネット電話の分野には企業の1:N(一人議長と多くの参加者による会議電話)の分野ではINTERWISEやアドビシステムズなども参入している。私自身もかなり信頼性の高いAGEフォンというシステムを使っている。国際電話などもパソコンさえ持ち歩いていればどこからでも廉価に、しかも普通の電話並みにかけられる。イーベイとしてはここでスカイプを表に出して裸にすることで、スカイプの良さをわかってもらう好機にもなるわけだ。もちろん、イーベイとしては期待に反して泣かず飛ばずのスカイプを分離してキャッシュを取り込むというDivestment(売却)戦略に出たと解釈することもできる。

イーベイが韓国の「Gマーケット」を約1200億円で買収

 イーベイに関しては、もう一つ興味深い動きがある。韓国の仮想商店街サイト運営会社「Gマーケット」を、最大12億ドル(約1190億円)で買収すると4月15日に発表したことである。この動きは、過去にイーベイが経験した失敗のリベンジであろう。

 イーベイは「米国で成功すれば世界中で成功する」とでも考えていたのか、かつて積極的に世界に打って出ていた。ところが、イーベイの得意とするオークションやショッピングなどマーケットプレイスを提供するサイトは、国ごとの商習慣や言語の違いに阻まれがちで、なかなか国境を越えられない。だからイーベイは、当初の目論見とは裏腹に、ずるずると多くの国で撤退を余儀なくされてきたのだ。

 マーケットプレイスの海外進出の難しさに気がついたイーベイは今回、韓国で成功しているGマーケットを1000億円以上で買うことになったわけだが、こんな事例は過去にあまりあるものではない。まして買収額が最大12億ドルとなると、かなり「異常」といえ、現時点ではこの買収劇が奏効するかどうかはわからない。特に韓国政府がどのような規制をかけてくるのか、昨年(2008年4月)に発生したオークションサイトから1000万件を超える大規模な個人情報が流出した事件のあとだけに予断を許さない。またイーベイではこれを足場としてアジア全体の事業拡大を狙っている、という主旨の発言をしているが、これまた「ネットは国境を越えるのが至難」という自らの苦い経験がどこに活かされているのか疑問を感じるコメントではある。

不況に強いクリック広告でグーグルは増益を確保

 一方、米国のネット検索最大手グーグルが4月16日に発表した2009年1-3月期決算によると、売上高は前年同期比6%増の55億900万ドル(約5460億円)、純利益は9%増の14億2300万ドル(約1410億円)となった。前の四半期と比較すると、売上高は3%減少し、上場以来初めて売り上げが前の期を下回った。しかし、増益である。

 この理由は二つある。一つはコストダウンを図ったこと。グーグルは2009年に入って、すでにリストラ策を3回発表している。1月に採用担当者の削減、2月にはラジオ広告事業からの撤退、そして3月には営業・マーケティング部門の従業員約200人の削減方針を明らかにした。こうして同社は1998年の創業以来初めて人を切り、そのために収益は確保できたのだ。

 もう一つは、いわゆるクリック広告の課金方法が奏功したためだ。インターネットユーザーが見てくれた時にスポンサーからお金を取る広告というビジネスモデルは、この不況下にあってはとても強い。放送局のようにこのCMを流したらいくらですよというビジネスモデルだと、コストダウンの折にはスポンサーからCMを切られてしまう。ところがクリック広告なら、ユーザーが1回クリックするごとに広告料金を支払えばよい。リンク先を開かれなかったらお金を払う必要がないわけで(実は結果的には非常に高いものにつくのだが)、スポンサーにとっては割安感と納得感があるように思える。グーグルは景気後退局面で広告予算のネット広告への切り替え需要を取り込んだともいえ、売り上げ全体は減ったけれども収益は増え、減収増益になったのである。

 いま新聞、雑誌、テレビなどのメディアは広告が激減して長年我が世の春を謳歌してきた放送局なども生き残り戦争に突入している。しかし、ネットの場合には固定費ではなく、効果に応じた変動費である、という安心感から広告主側の厳しい削減方針に触れないで済んでいる、ということを如実に表している決算であるといえる。今後既存のメディアがどのような体質転換に取り組むのか、いよいよ抜き差しならない局面に突入した、といえる。

今後、YouTubeでどうお金を稼ぐのか

 これは余談だが、グーグルが持っているYouTubeで、最近世界的な人気者となった女性がいる。スコットランド出身のスーザン・ボイルさんだ。ご覧になった方も多いだろう。英国の素人オーディション番組「Britain's Got Talent」で歌う彼女の映像がYouTubeに投稿されたのが4月11日のこと。それからわずか1週間ほどで1200万のアクセス回数を記録した。その後数週間で何と1億アクセスの大台に乗せた。まさに世界的規模での「スター誕生」である。

 2年前の2007年、やはり同番組からYouTubeへという流れでテノール歌手のポール・ポッツさんが登場し、わたしもその時に紹介した。彼のアルバムはミリオンセラーになったが、スーザン・ボイルさんの場合もすでにレコード会社から契約の話があり、テレビ局のインタビュー依頼が殺到しているという。興味のある方はぜひYouTubeで「スーザン・ボイル」「ポール・ポッツ」で検索してみてほしい。その後も同じパターンで続々とタレントの卵が登場している(余りにも同じパターンなのはスタッフがイギリス中を駆けめぐり埋もれた才能を持った人を探しまくっているから、若干やらせで鼻につく感じになりつつあるのである)。

 それにしてもYouTubeに投稿されるこうしたコンテンツは、ものすごいインパクトがある。素顔のスーザン・ボイルさんは、定職のない教会ボランティアの47歳独身女性だ。こういっては語弊もあろうが決して垢抜けたタイプではない。ところが、彼女の卓越した歌唱力がYouTubeで紹介されると、瞬く間に世界的な人気を集めた。10年ほど前に上梓した拙著『新・資本論』(東洋経済新報社)で、わたしは「世界瞬時性」というキーワードを使ってインターネット時代の特徴について書いた。それが今回もまざまざと見せつけられたのである。

 YouTubeを買ったグーグルは、お金を稼ぐためにこれをどう使うかを考えなければならない。グーグルは豊富な技術を持っているし、お金になりそうなものがたくさんある。しかし余りにも技術セントリック(中心主義)なために経営力が必ずしも強くない。恐らくトップ経営陣の半分を経営セントリックな人材に取り替えていかなければ、これらの宝は持ち腐れとなり、今の勢いは維持できなくなるときが来るだろう。

「データマイニング」とプライバシー保護をめぐる問題

 さて、グーグルといえば、こんなニュースを取り上げたい。興味深い問題を含んでいる。

 インターネット利用者の個人情報を保護するため、EUの欧州委員会は4月14日、英国政府に法改正の措置などをとるように勧告したと発表した。英国政府の対応が不十分な場合は、欧州司法裁判所への提訴も検討するという。これはネットの閲覧履歴が無断でネット広告に利用されるのを防ぐのが目的で、ネット広告と個人情報保護をめぐる論議に一石を投じた格好だ。

「データマイニング」と呼ばれるマーケティング手法がある。企業が蓄積した膨大な顧客データを解析し、経営やマーケティングに有用な情報を探り出す手法のことだ。企業が広告を出す際に、プライバシーとの兼ね合いで、個人情報の利用がどこまで許されるのかという問題が、このニュースから浮かび上がってくる。

 個人がネットでどんなページを閲覧したか、何を検索したか。その履歴を見ることで、その人の傾向を知ることができる。それを知り得たら、今度はそれにあわせて「こういうものが欲しいんじゃないですか」と積極的にマーケティングすることが可能になる。書籍販売最大手のアマゾンを思い出してほしい。ユーザー登録すれば、過去にどんな商品をチェックしたか閲覧履歴が残るだけでなく、その履歴を基に「お客様への本日のおすすめ商品」などのリンクが表示される。いまのネットユーザーが恐れているのは、「グーグルは本気でそういうマーケティングをしようとしているのではないか」ということだ。

 グーグルが「Googleデスクトップ」を使って個人のコンピューターの中身を検索できるようにしたとする(グーグルはもちろんそれを強く否定している)。閲覧履歴や検索履歴とあわせれば、「あなたのコンピューターの中にはこういうのがあり、検索ではこういうことをしてきた」と丸裸になる。これらのデータを拾って蓄積したうえで、マイニングしてくれば、マーケティングの効果はきわめて大きいはずである。検索で受け身の情報提供をしているだけのグーグルがどこかで蓄積した個人情報を利用して積極的に推奨販売を始めるのではないか、という恐れである。もちろんそんなことをした途端に賢明なネット市民は一斉にボイコットするだろう。そうした情報が何故に蓄積されているのか、いつどういう形で商業利用が始まるのか、かなり神経質に見ておく必要がある。

「EUの欧州委員会は4月14日、英国政府に法改正の措置などをとるように勧告したと発表した」とはどういうことか。EUは「英国はネットの閲覧履歴という個人情報が漏洩することについて非常に緩い」と判断したのである。そればかりか、法改正をしなければ裁判に持ち込むぞと欧州委員会が脅してすらいるのだ。

 わたしは、欧州委員会の判断は適切だと思う。英国がこれに対してどう出るのか、注目しておきたい。

携帯電話が銀行の端末になるとどうなるのか

 外国の主なIT産業の最新動向について述べてきたが、日本ではモバイル関連に注目すべき話題がある。

 NTTドコモは、エクササイズソフト「ビリーズブートキャンプ」をヒットさせたテレビ通販会社オークローンマーケティングを連結子会社化すると発表した。また、携帯電話を使って簡単に送金できるサービスを検討している。2010年に銀行以外の事業者の送金業務が可能になる法案が成立する見通しで、これを前提に、ネットショッピングでの支払いや個人宛送金などに活用してもらう計画だ。

 1990年代前半に、シティバンク元会長のジョン・リード氏は、「携帯こそが銀行端末そのものになるのだ」といったことがある。携帯が定期券になり、銀行端末になり、チケットになるということをすでに予見していたのである。そして、そういうことをいままでドコモはやりたくてもできなかった。理由は、法規制のためである。しかし前述のように、来年に法案が可決されて「やりたくてもできなかった」ことが少なくとも一部可能になるかもしれない。

 これが現実のものとなったら、ユーザーの利便性は非常に高くなるだろうし、eコマースの支払いも圧倒的に携帯電話が有利になるだろう。となると、携帯電話会社の中でドコモは強くなる。下の図を見ていただきたい。携帯電話3社の主な財務状況を示したものである。

 純資産を見てみよう。ドコモは4兆3000億円以上であるのに対して、auは2兆円弱、ソフトバンクは8437億円。そしてソフトバンクは借金が2兆4000億円以上ある。加入者数は純資産の多寡に比例していて、ドコモの加入者は6000万人近い。

 さて、携帯が銀行端末になる--。これをドコモが実現したらどうなるか。6000万の口座を持つ銀行ができるのである。こうなったら既存の日本の銀行はふっ飛んでしまう。口座数約4000万と日本最大を誇る三菱東京UFJ銀行ですら、ひれ伏さざるを得ない。そんなメガバンクが誕生する。ドコモは会社法に縛られていなければ、日本最大の銀行になる可能性を持っていたのだ。

 日本のメガバンクは自分たちが公的資金で救済されたという認識もなく、いつまでも金利を払う気もなく、ATMや振り込みなどでは高額の手数料(ちなみに今の銀行間振り込み手数料は315円である)を平気で取っている。一部の優良法人ばかり向いており中小企業や一般消費者という顧客指向は全くゼロ、といっても差し支えない。結局、金融庁のメガバンク政策がこうした独占企業を生み、日本から庶民の銀行が消えてしまった、といってもよい。銀行本来の三業務(預金、決済、運用)のうち、少なくとも決済部分を超廉価に(例えば1回3円、というようなレベルで)することは電話会社なら可能である。パケット1回分(0.3円)に若干の手数料を上乗せするだけで済むからである。来年の法案成立による規制緩和によって、いよいよそれが見えてきたともいえるが、すんなりそう問屋が卸すかどうか、役所の出方を注視していきたい。

法規制が緩やかな中国で、もし携帯が銀行端末になったら…

 世界中の携帯電話会社が自社の携帯を銀行端末にしたとする。仮にそれが実現した時にはチャイナ・モバイルが圧勝するのだ。チャイナ・モバイルの時価総額は20兆円を超えているし、なにしろ加入者数は3億人から4億人という具合にどんどん増えている。日欧米よりも中国やインドを制した携帯電話会社のほうが世界最大の“銀行”になる可能性が高いのである。中国の場合は会社法が現状では緩やかで、日本よりも「携帯の銀行端末化」はずっと現実味を帯びている。たとえば電話会社がeコマースをやった場合、支払いが滞れば電話そのものを止めてしまう、という強制力を持ちうる。もちろん日本では電話代を滞れば止めることができるが、代行する資金回収業務でそうすることは今の会社法ではできない。中国などがこうした法律の違いを使って通信と金融の融合を果たすようになれば世界的に大きなインパクトを持つ、とわたしが従来から主張しているのはそうした背景があるからである。

 携帯電話会社は、もちろん加入者の個人情報を握っている。となれば先述のグーグルの例のように、データマイニングに基づくマーケティングも「やろうと思えば」できるわけである。多機能化が進む携帯電話であるが、これにSuicaやPASMOのようなICカード乗車券の機能が普及したとしよう。すると、どういうことが可能になるか。加入者がどこの駅を利用しているかがデータとして蓄積されるのだから、それに基にしてマーケティングが可能になるのだ。

 例えば、利用駅情報にあわせて駅ビル店のセールや割引サービスの案内を携帯宛に送るといったこともできる。勤務中に「中村さん、お帰りの際には有楽町駅前でこの画面をセーブして持ってきてくれたら、あなただけに30%割引の特典をさしあげます」などとポイントキャスティング(特定個人別のメッセージング)をすることが可能となる。日本ではこうした個人情報(上記の例では中村さんが朝有楽町駅を出て、多分会社に行っている)をeコマースに使うことは許されていない。しかし中国ではこれが禁止されていない。つまりこうした法律の違いを利用して通信と金融、そしてeコマースの総合サービスを提供する巨大な企業が彼の国から生まれてくる可能性もあるのだ。

 日本の法規制が厳しすぎるのか、巨人NTTに対する縛りがきつすぎたのか、国内と海外の企業の動きなどを見ながら規制当局は日本の将来方向をどう持っていこうとしているのか、日本企業の国際競争力をどうつけていきたいのか、かなり大きな観点から見て行かなくてはならない。

 最近ニュースで話題となったいくつかのIT関連の記事を今回は取り上げた。物事の捉え方、解釈の仕方、記事に含まれた意味、などを浮き彫りにすることによって実に多くの考察ができる。いやそうした考察を通じて自分の会社の方向性、あるいは日本の規制当局の評価、などもできる。ニュースの読み方の一例として参考になれば幸いである。


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